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2009年 05月 02日

⇒個展) 時計台 「竹久野生(のぶ)・絵画展 『アンデス高原から』」 4月27日(月)~5月2日(土)

⇒個展) 時計台 「竹久野生(のぶ)・絵画展 『アンデス高原から』」 4月27日(月)~5月2日(土)_f0142432_1017369.jpg○ 竹久野生(のぶ)・絵画展
   「アンデス高原から」
     ~北から南へ個展行脚 第一回~

 会場:札幌時計台ギャラリー・3階
    中央区北1西3・札幌時計台文化会館
    (東西の中通りの北側にあるビル)
    電話(011)241ー1831
 会期:2009年4月27日(月)~5月2日(土)
 時間:10:00~18:00 
     (最終日は、~17:00まで)

★ 今後の個展予定
・ 岩手県一関 :風間園ギャラリー    5月13日~5月24日
・ 知床      :北のアルプス美術館 6月 5日~8月23日

ーーーーーーーーーーーーー(4・30)

 昨日見てきました。ほとんど小品ばかりで、DMのような作品です。草原に風が舞っているというイメージです。

 3歳から16歳まで日高富川で過ごし、外国語に強い上智大学を卒業。卒論のタイトルが「シモン・ボリバル○○」、久しぶりに出会う「シモン・ボリバル」を肴に竹久野生女史としばし雑談。

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 造園業のご主人との関係で1968年にコロンビアに移住し、そのまま彼の地の人となり41年が過ぎたとのことです。現在は首都のボゴタに在住。
 今、ボゴダを調べてみれば、北緯4°38′という赤道付近です。標高が2640mという高地だからそれなりに快適に住めるのでしょう。それにしてもこの国の人口膨張は凄い!1950年代の1200万人が今では4500万人を超えている。都市への集中と貧困の格差は大きいのでしょう。首都ボゴタも10年前の620万人前後が今では750万人強です!!
 確かに治安の悪さは中南米一般に言えることでしょうが、生活圏では心得た動きをしていれば、それなりに普通でしょう。竹久さんも快適に?40年以上を過ごしたわけです。激しい左翼や極右からの批判や敵対行動に政府は晒されている。問題だらけの政治ですが、間違いなく中間層も増えているとのこと。そこらあたりに今後のコロンビアの将来を見据えているようです。

 シモン・ボリバル・・・。
 フランス革命とその後のナポレオンによるスペイン支配が、長きにわたる宗主国スペインからの中南米独立のきっかけになった。その最終到達点が今のコロンビア・ベネズエラ・エクアドルを統合したグラン・コロンビア共和国の成立です。シモン・ボリバル指導によるもので1818年の出来事です。彼はその後、ペルー・ボリビアも開放した。ボリビアとは彼の名前からきている。ボリビアはボリバルなど無視ししていたのに。そのボリビアをチェ・ゲバラは最後の場所に選んだ。これまた、ゲバラとボリビアを結ぶ必然性など皆無というのに。

 フランス革命がきっかの中南米諸国の独立です。実態が軍事独裁であろうが建前は共和国・リ-パブリックなのです。そしてボリバルがそうだったように、いかに民衆の声を反映させないかが彼等の政治的知恵だった。共和国と言うのに。基本的には今日の中南米の為政者の体質は今も同じだと思う。それを嫌っての軍人の政治参加という側面がある。だが軍人政治手法は独裁と云う方法しかしらない。結局否定した政治家と同じように腐敗におちいるだけのようだ。政権交代はめまぐるしい。
 ボリバルはスペイン国王の代わりを夢見たかもしれない。彼の中央集権的政治志向は地域の富豪の代弁者を中心にした連邦制国家志向の協力者と反目した。スペインの代わりのボリバルなど必要ないから、直ぐにグラン・コロンビアはバラバラな国家に分かれた。ボリバルは権力者から転げ落ちた。現実に窓から飛び降りて逃げたわけだが、その象徴的窓が観光スポットとしてあるそうだ。カリブの島で死んだ。哀れな末路だったと教えてくれた。

 スペインに変わって初めの頃はイギリスの影響を受けたが、だんだんと合衆国の中庭的存在になってしまった。コロンビアは合衆国に近い。官民問わず、おそらく良好な関係を築いているのだろう。社会運営なり経済発展がそれなりに安定しているということは。余りにも近すぎるメキシコやキューバとの決定的違いを思う。麻薬の密売という裏取引が政府ー反政府ーアメリカという妖しげで安定的な三角関係を作っている。他にも金に絡んだ不思議な関係があるのだろう。
 コロンビアはなかなかビザが下りないとのこと。いっそ合衆国の属国になったら面倒が省けると冗談を言っていた。それは間違いなく事実だろう。しかし、コロンビアが国民投票で「属国可」と決めても、当のアメリカはそんなお荷物は持ちたくないだろう。

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 昔々勉強したことを思い起こして書いてみました。多くの間違いがあるでしょう。僕の言葉の真偽など無視して、コロンビアのことなどに興味をもたれて下さい。コロンビア人竹久野生さんに直接聞くのもいいでしょう。
 竹久女史とコロンビアのことを語り合ったと言っても、作家は極々普通の奥様といった風情です。寒いということでピンクのマフラーをされていました。拡げられたマフラーの両端を後ろに廻していて、いかにもアンデス風です。かつて太平洋を三度も貨物船で渡られたとのことです。お金がないということでの渡航でしょうが、細かいことに拘らない大胆な性格の持ち主でしょう。それが「アンデスの風」になったのでしょう。


 「竹久野生」ーー、「竹久」は竹久夢二を連想します。「野生」は「伊藤野枝を。

by eitu | 2009-05-02 10:07 | 時計台


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